Schmitt Flycasting Movie  UG 使用編     
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   フライフイッシング  よもやま話    No 1 〜 3


  No 1   視力 4.0

 夏の終わりの朝、かねてから行きたいと思っていた岩手県の馬淵川上流部をめざした。
東北道のサービスエリアで一晩明かしての凱旋である。平坦な道をしばらく行くと途中の小高い
左手の丘の上にまきば」という施設があった。
白く塗られた木の囲いの中には牛や羊が見学できるのだろうか、数頭が放牧されていた。
街の子の見学場所には最適な「まきば」であることに間違いない。
小さなサイロもある。その横には屋根半分が五角形になっている、まさに「まきば」という
呼び方がぴったしの北海道で多く見られる大きな建物がある。
その赤い屋根には大きな白い字で「レストランまきば」と書かれていた。これだけだと別に
どうということはないがさらに建物の1階部分には「スナック まきば」とこちらは
少し小さめの字で書かれていた。何もない里山にあった「スナックまきば」のインパクトは強かった。
それにしても「まきば」という牛や羊の見学が出来る牧場にある「レストランまきば」までは
のどかな感じが見て取れたが、看板の文字を眼で追っかけているうちに
「スナックまきば」が飛び込んできた。
さらにスナックまきばという立て看板の少し離れた壁には横書きで「サパークラブまきば」と
書かれた看板もある。最後に眼に飛び込んだサパークラブまきば」ですべてが決まっている。
それは、この町でここが絶対的な社交場であるかのような存在を誇示していた。

もうすぐ、目指す釣り場に着こうとする途中で見たものは、のどかな風景と
ひらがなの優しい書体とは別に「まきば」の3重奏、いや4重奏の強烈なものだった。

ここからさらに上流を目指していくと舗装された本通りと並行して川の堤防沿いに
道が真っ直ぐあったので堤防沿いの道の端の開けたところに車を止めて釣り支度を始めた。
釣り人はW君と2人。未だ明けたばかりの朝に車を降りて川に入ると吹き渡る風は
すっかりと秋の涼しさを運んで首筋に冷たい。

車を止めたときには気づかなかったが入渓したすぐ上流の方にはロッドを下げて、かつ自分自身も
しゃがまなければくぐれない低い木の橋があった。かといって橋の上にあがるには縁が胸の高さほどあり
少し高いように感じた。くぐろうか、登ろうかと考えてるとまもなく橋の左側から男の人が現れた。
男の人が歩いてきた奥には白い煙が上がっている小さな小屋が建っていた。

彼が笑みを浮かべながら挨拶をしたので、こちらもそれに応えながら気が付いたら
登るか、くぐるか思案していた橋の縁に飛びついて橋の上に立っていた。
左の小屋は炭焼き小屋らしく、小屋のそばにはもう一人いて椅子に腰かけたまま
眠っているように見えた。
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私はというと声をかけてきた彼に挨拶をした後に、少しでも釣果に結びつく情報を得ようと魚の話に
誘うが彼は釣りをしないのであまりよくわからないと云った、ただ、休日には釣り人は必ずといってよいほど
見かけると教えてくれた。釣りをしない人との会話となると時間に制約がある旅人にとっては
長居は無用であるが、おそらくはよそ者とに会話は殆ど無いはずの彼の人恋しさの残る笑顔に引き込まれ
長靴の足を橋の縁から川にぶら下げた格好で炭焼きやこの村の話しを聞いた。私は彼のその朴訥な人柄からと
輪郭や短く刈られた頭髪、そして体系から遠い昔のコーラのCMに出ていたニカウさん。
つまりブッシュマンを思い出した。
もちろん、岩手の山で炭を焼いてるのだから精悍さはブッシュマンに負けてはいないと重ねてみたが
実はその辺は全く違っていて、華奢な感じで色白である。似てる部分といえば本当にやさしい笑顔と
田舎に住む人ならではの素朴な雰囲気だろうか?
かれこれ20分ほど話し込んでしまった。土手に坐って待っている相方がしびれを
切らしてるだろうからニカウさんに別れを告げて橋からぶら下がって川に降りた。

川幅は狭く2人並んで釣るにはポイントも少なくザラ瀬が続く。私はまずWが1匹釣るまでは
サポートに徹しようと思った。Wはラインを眺めに出して魚に悟られないように少なくても
4,5m先にフライを落として流す。フライは14番のパラシュートでシロハラコカゲロウである。
ロッドは Schmitt 7113 Hunterである。
全くアタリが無い!魚の気配も感じない。 ニカウ さん似の彼と別れてからすでに300mは離れた。
もう橋にはいないだろうと思いながらも振り返ると彼は橋の真ん中に腰かけてこちらの釣りを見守ってくれていた。
そしてこちらが手を振ると振って返してくれた。こちらに頑張って釣ってくれと応援してるように思えた。

Wには、例え後方の遠くからでもニカウさんに見られていることがプレッシャーになるらしく
釣れないことに焦りが見え出した。しかもこの場所は完全な直線で彼の視線から逃れることはできない。
Wはぽつんと言った。「このまま上流にあと300mも行けば川は左にカーブする。」
これは、カーブの先ではどちらも視界から消えるので見られているプレッシャーから
解放されることを暗示して思わずつぶやいたのだろうか?
カーブまではまだしばらくある。
橋からずっと見ているニカウさんを気にしているのか、それとも彼(ニカウさん)が見ていることを
逐次、中継してる私を気にしてるのか長い時間魚が出せないでいる。

それでも彼はプレッシャーに押しつぶされまいとひたすらポイントを見極めフライを流す。
そしてカーブに差し掛かる前で結果は出た。25cmはあると思える幅広のヤマメが
力強く水面を飛んで上流に走った。Wはヤマメとのやり取りに真剣である。

私は振りかえって橋を見た。橋までの距離はいつも見ている自分のフライショップの店の
前から西にあるマック、400m)よりは間違いなく200mくらいは遠い。
私は肉眼では彼を確認できないので首に下げていた10倍の単眼鏡を取り出して目に当てた。
単眼鏡のピントを合わせるとそこには魚の大きさを示すようなしぐさのあとに
パチパチと拍手をする彼の姿があった。
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水も空も山や樹々もきれいな馬淵川上流の村。夜になれば銀河がきらめく天空の里。
この静かで美しい自然の中では本当に視力の凄い人がいるのかもしれない!
川を行く2人を見つめながら、遠くからヤマメのヒットを見極めて称えてくれた炭焼き小屋の彼
彼は本物のニカウさんと変わらない視力4.0だったのではと思うに充分な出来事だった。

  




  No 2   走る バカ殿様

長野県の栄村というところにかっては旅館が2軒あって今は1軒になった屋敷温泉のすぐ上の橋の上流から
入渓することが日課になった時期があった。この川の峪は深く釣りあがって行くには
ある程度釣ったら同じ川を戻るか、思い切って栃川の合流かその先の和山温泉まで行って
上の林道に上がってから戻るという選択肢がある。大きな石の多い川を戻るのも辛いが
高低差100m以上の坂を上って道に出るのも大変である。
そして、道に出た後には入渓点に戻るまで延々と曲がりくねった林道を歩くのもきつい。
釣りをする距離は和山から上がるよりは1kmほど少なくなるが、栃川を合流から登って道に出る
方が楽である。栃川合流までの釣りでも屋敷温泉から2kmはあるので充分に半日以上は楽しめる。
もし先行者が居ても川幅もあり石も大きくポイントも多くあるのでそれなりに楽しめる。
この川は中津川と呼ばれ志賀高原に水脈をもつ雑魚川と群馬県の野反湖に水源を持つ中津川と
切明で合流してさらに水を集める。下流は新潟県の津南あたりで信濃川に合流して大河になる。

あたり一帯は別の呼び名で「秋山郷」と呼ばれ、平家の落人伝説もあり木地師もいる。
秘境秋山郷という人もいるだけあって誰もがかなりの山の深さを実感するはずである。

秋山郷というだけあって何故か秋口に40pほどのイワナを釣ったことがあったので
かねてから行きたがっていたK氏を連れて屋敷温泉の橋のたもとから川に降りた。
爽やかな風が谷間を降りてくるまさに秋の初めの頃である。

入渓してすぐのところの右岸に1戸建ての家ほどあるような大岩があり、その際に
岩や草に埋もれて普通ではなかなか見つけることが出来ない小さな川が流れる。
釣りになる区間は50mもあるかないかで水源は細くなり藪の中に消えていく。
ただ、この時期はイワナの産卵場になるのか時折魚影は走るし、フライを流すと
すぐに22.3cmcmほどのイワナが釣れる。

このたまりのような小沢は産卵場であることは間違いないので、いつもは釣らないのだが今回はK氏に
まず1匹釣らせることにしてその小沢を案内した。案の定すぐに良型のイワナが釣れた。

しかしながらすぐ横を流れる本来の釣り場の中津川本流は大石が点在していて水量豊かな川である。
彼が1匹釣ったところですぐに本流で釣ろうということで草むらをかき分けて動いたときだった。
彼の足に硬いものが当たって私を呼んだ。
そこにあったものは、真新しい 24ボルトの大きなバッテリーだった。
1人では運べそうもない大きなもので、バッテリーの両端はロープでしっかりと取っ手が付けられていた。
使い道も目的も推測するまでもない。とても嫌な気持ちになったが破壊する気も隠す気持も起きなかった。
こんな大きな重いものをここまで運べるのだから決して遠くの人ではなく近くの集落の者ではないかと
思えてしまうから尚更残念な気持ちになり力が抜けていくのが感じた。

思いがけない出来事で、出足をくじかれそうになったが人生いろいろなことがある。
まして釣りをしながらあちらこちらを彷徨しているのだから、これもまたいろいろなことに
出会うのは当然である。
気を取り直して本流を釣ることにした。深いところは1mを超える大場所もある。
大きな沈み石と水面から出た岩と呼べるような大石の間を水量豊かに流れる中津川は
峪も深く切り立った崖が迫る場所もある。

同行のKはこの規模の川の経験はなく、のどかな里川のヤマメ釣りばかりでの経験しかなかった。
深い場所を渡って対岸を攻めるようなことは出来ないので、そちらは私が担ってKは
手前の河原のあるところから届くようなポイントを丁寧に私からはかなり遅れて攻めていた。

この日は渋かった。先行者がいたのか、それともこちらのフライが合わないのかフライの
下を通る魚も見えない。もちろんか下流にいるKにも釣れた気配はない。
そんな時、足元の石の間の砂利のところに名前も種類もわからないが小さなバッタがいた。
それはイナゴではなく茶褐色の3pほどのものだった。

今、まさに釣れないときに眼にしたバッタで、餌釣りが専門のIさんに聞いた新潟の上越の日本海に
直接流れ込んでいる小さな川での話を瞬間的に思い出した。私も気にかかっていた川で
何度も橋を横切ったことはあるが釣りはしたことのない川である。
川幅が下流で3mほどと狭く海に面した小さな集落からすぐに山の中にと消えていく短い川である。
思い出したのはIさんがその川で、バッタで大型のイワナを何匹も釣った話だった。
                    
衝動的に私の手のひらはバッタに被さりそれを捕獲した。ベストのポケットにしまい込むと
10番のオオマダラカゲロウのパラシュートフライをラインカッターでマテリアルをむしり取り
フックだけにした。そしてバッタの脇腹から背中へとフックを通過させるように刺した。
生きたフライである。Kを同行しているのでこのまま釣らないわけにはいかない思いが
なりふり構わずの状態を作り出した。初めてやることなので1投目で大きな失態をした。
対岸の少し流れの早い流芯の手前にロールキャストで狙った。見事にターンして漂いながら
流れてる。「いつ出てきてもHITさせてやる!」準備万端で構えていた時ラインの動きが止まった。
目を凝らしてみると流れに突き出た石にバッタがしがみついていた。乾いた岩のザラザラ感は
バッタの足にはとてもつかまりやすいものに違いないと思った。
動かない!思わず焦ってしまい強く引いたところバッタはやっと岩から離れた。
手元で確認したところ脚が1本無い。
「心の中で済まない」とあやまりながら再びロールキャストで飛ばした。
フライが、いやバッタが着水してから1mほど流れたところで大きなイワナが水面を割って出た。
40p近いイワナである。数分のやり取りのあとリリースしようとしたときにKが下から駆けてきた。
私から大きなイワナをバッタで釣ったことを聞いたKは興奮気味でその場を離れて元の場所に戻っていった。

わたしは満足の1匹が出たので河原の岩に腰かけて、フライをエルクヘアカディスに変えて、
たまに流すという行為をしながら、時折、流れに浮かぶ病葉や紅葉の始まりかけた対岸を眺めていた。
釣りは魚だけではない!竿先に移りゆく千変万化の景色も一緒に釣れるのだから楽しい。

大イワナも釣ったので、うららかな陽光にのんびりと黄昏ていると、そのしじまはドタバタと
河原を走る足音で破られた。見るとKがランディングネットを右手に持ち上げて行ったり来たりしているのである。
一瞬私の前で止まったかと思うとネットを右の肩口に抱えながら河原を10m以上走って行った。
私は瓦を走るKのネットの先に羽ばたいている飛翔体を確認した。
それは、まぎれもない大型のバッタ。トノサマバッタであり、その逃げざまはひとっ飛びで20mはある。
位階に飛べるだけ飛んで逃げるバッタ。右往左往しながら追いかけまわす「バカ殿さま」
もちろん、そのままでは気の毒なので笑いながらも両手を広げて静止したことはいうまでもない.

 




  
  No3   おれっちの息子

長野県の南部に5月3日が解禁の渓流がある。フライフイッシングを始めたばかりの
A 君には何とか釣らせてあげたいと思っていたので5月という遅い解禁は魅力的に思えた。
結局2人でいくことになり解禁日より2日ほどあとの5月5日にその川を訪れた。
あとでわかったことだが初日の5月3日は特別解禁で4日から平常の状態になるという。
この川に来たのは、まだフライフイッシングの釣り人は珍しいくらいの昔のことで
周りの確認できる釣り人は長竿を小脇に抱えた餌釣りばかりだった。

 
道路の脇から入渓しやすく底石も多くて如何にもアマゴが釣れそうなポイントが点在してる
流れが目についた。見渡したところでは入漁券売り場もなかったが「現場売り」があると
聞いていたので川の端に車を止めて土手を降りた。
私はこの川は初めてだったが、近くの町の釣り竿メーカーと縁があり、フライライン(ランニングライン)と
ブレイテッドリーダーを使って操作性を良くして毛バリはドライフライを使用する洋風なデザインの
テンカラ(ノンリールフライロッド)なるものを開発して大ヒット。フイッシング誌の取材も受けて
実際の釣りをグラビアと記事で紹介。販売に拍車がかかり1軒の釣具屋で100本も売れるほどの
HIT作品になった。
     
これが縁でそのロッドメーカーに行くたびにその会社が外国をはじめ多くのルアーロッドや
フライロッドのOEMを手掛けているのを目の当たりにした。
私はフライラインで釣りをしようというテンカラロッドを企画する前からシェークスピアや
ファントムなどのフライロッドで釣りをしていたので本来の興味はフライロッドにあった。
キャスティングを会社の敷地で披露することで即決でフライロッドの開発に携わることが決定した。
最初は遠投をしたいので主力商品のロッドの#6番と#7番、#8番にオールSiCの機種をラインナップした。
やはりその性能は凄く、今のSchmittはここから始まった。
                           
次は当時のこの会社のメイン商品の2倍の価格になるがキャスティングを重視した高級ロッドをラインナップ。
さらにはオイカワ専用のロッドをリリースしてこちらも12月の終わりの頃に雑誌で実釣取材を受けて紹介した。
今このロッドはたまにオークションに出てくるが当時の定価と変わらない価格で落札される人気商品だ。
その後も数年にわたりフライロッドのデザインや企画に携わっていたので時々は南信地方といわれる
このあたりの川でも釣りをしたことがあったが何故か、5月解禁というこの川だけは知らなかった。
ある意味、未だ寒い頃の春に寝かせておいて山桜さえ散るこの時期まで温めておいた
釣り場なのだから期待するのは当然で初心者のA 君にも釣れてくれるのではないかと期待する。

A 君が7フィート11インチのフライロッドにDT3Fのラインをセットして6X、9フィートの
リーダーに直接#16番のシロハラコカゲロのパラダンを結んだ。
流れが石や岩で寸断され細かくポイントを探らなければいけないときにはロングティペットなどは
通用しない。それはフラットなプールでやってくれという感じだ。
そして、魚を釣れば釣るほど学習することでフライを流す場所も距離も知識として蓄積される。
ポイントも短い線や点にまで集約されて絞られていく。要は魚が出てくる場所がわかるようになるので
やたら無駄に流すことはないので操作性の良い短いリーダーシステムの方が合理的なのである。
そして、100匹、1000匹という釣果の蓄積でますます的を絞って釣れることになるので
操作性の悪いロングリーダーロングティペットなどは無駄だとわかるはずである。
しかしながら自信の無い方はロングティペットで何回も流すことで学習していくのもやむを得ないだろう。
       
この朝、私はロッドを持たずにA君に釣らせるためにサポートに徹した。
ポイントを指しながらドラグのかからないように流れに合わせて1mから3mくらいで攻める。
入渓して5分ほど過ぎたところで最初のアマゴが出た。放流もののようだ。
その時、背後で声がした。声をかけてきたのは短い餌竿を手にした少年だった。
聞けば、すぐ近所の高校生だという彼はフライフイッシングをまじかで見るのは初めてだと云った。
彼は自分の渓流竿をたたむと釣りを見たいといいながら少し後ろをついてきた。
彼は釣り券を携行してる気配がなかったので釣り券のことを聞くと漁協の組合員は
地元の僕には釣り券のことでは声はかけないと云った。
年券でも持っているのか?それいじょうは聞きはしなかったが、同行のA君がまだ釣り券を
購入していないことを伝えると彼は笑いながら○○さんちの息子とでもいえば大丈夫だよと云った。

2匹目が出たときだった。アマゴと慎重にやり取りをしている彼に左側の道端のガードレールに
手を掛けてこちらを見ている男から声がかけられた。
「おーい、釣り券あるか?」
その視線も声も明らかにAに向けられていた。
ロッドを持たない私と地元の高校生は眼中にない様だ。
魚をリリースした後、A は答えた。
現場売りの釣り券を買うかと思ったら漁協の組合員に向かい大きな声で云った。
「僕は○○の息子だ」と、、、、、

聞こえたのは、ありえないはずの返答だった。
高校生から冗談交じりで聞いたことだと思っていたのでそれを言っちゃ駄目だがもう遅い。
これはまずいと思いつつ、この後の展開に固唾をのんで見守っていると
組合員のおじさんはなぜか楽しそうに笑いながら云った。

「何!お前は俺っちの息子か?」

A は堪忍したかのような神妙な面持ちで土手を登って釣り券を購入した。
しかしながら続きはあってAはそのまますぐそばの組合員の家に連れて行かれた。
たまたま連休で集まっていた親せきなどに囲まれながら、その家では
この度のいきさつを酒の肴にされながらも楽しく歓待を受けた。

実は私も誘われたが辞退して高校生の餌竿に毛バリを結んでドライフライでの
釣りを教えた。投げにくかったが高校生は2匹釣った。

30分ほどして組合員の家に行った彼が戻ってきた。
おいしい地酒を飲んだといいながら頬を赤く染めた顔で彼はぽつりと云った。
釣り券のことでは咎めることもなく、御馳走までしてくれる村の人の温かさをAは一生忘れないと。